ヤクシマザル調査マニュアル

1. 配布物

 以下のものはこのマニュアルと同時に発送しています。全てそろっているかよく確認し、調査のときに忘れずに持参して下さい。

・ヤクシマザル調査マニュアル ・「2013ヤクシマザル調査参加者の皆様へ」
・バス時刻表+調査員名簿
・調査地図(班分け図)
・調査地名図
・ヤクザル調査隊植物図鑑+ヤクトリ図鑑

 それぞれの日の調査の前日に、定点調査者はフィールドノート、持ち歩き用地図、ヒトリザル調査チェックシート、ヒル調査チェックシートを、統括者はフィールドノートと持ち歩き用地図を班長から受け取ってください。

2. 調査の流れ

 この調査の目的は、以下の四つです。

1. 調査域内のニホンザルの集団密度(集団数/km2)の植生による変異を明らかにする
2. 調査域内のニホンザルの群れの構成を調べ、出産率などの人口学的資料を収集する
3. 調査域内のニホンジカの相対密度の植生による変異を明らかにする
4. 調査域内のヒル出現の時空間変異と、気象や動物の密度の関係を明らかにする

   調査地は伐採後様々な年数を経た地域と自然林を両方含んでいます。この調査を今後も継続することによって、ニホンザルとニホンジカが伐採後の森林の更新過程と対応してどのように土地利用のやり方を変化させていくのか、またこの地域のサルとシカがどのようなメカニズムで個体数を変動させているのか(個体群動態)を明らかにすることが大きな目標です。

 1番目の、集団密度を推定するためにわれわれが用いる方法が、ブロック分割定点調査法です。これは、以下のような手順で行います。まず、調査域を「調査地図」にあるように500m四方のメッシュに分割します。それぞれのメッシュの中のサルの音声の聞き取りやすい場所に一人、定点調査員を配置します。定点調査者は一日その定点に留まって、主に音声をもとに集団を探します。それぞれの定点調査者の集団発見頻度をもとに、その定点周辺での集団密度を推定します。なお、ここで「集団」とは、「まとまって一緒に遊動しているサルの集まり」、「群れ」とは、「同じ「集団」で遊動する可能性のあるサルの社会的なまとまり」であるとします。ひとつの群れは通常ひとつの集団で動いていますが、二つ以上の集団になってばらばらに動く場合もあります。
 一方、4‐6つのメッシュ(1-2km2、4‐8人の定点調査者)をまとめて一つの班とし、そこに1-3人の統括者を配置します。統括者の役割は、定点調査者とトランシーバーで連絡を取り合い、定点調査者が発見した集団を追跡することです。統括者の集団追跡の記録と定点調査者の記録を突き合わせることによって、定点調査者が調査地内にいる集団を発見できる割合(発見率)が分かります。このように、統括者の役割の一つは定点調査者の資料から集団密度を推定するために必要な発見率を求めることにあります。

 2番目の目標である群れの構成については、統括者がサルの集団を追跡中に、集団が林道を渡る時などの機会をとらえて調査します。

 3番目のシカの相対密度については、シカ糞塊の発見頻度を相対密度とみなします。

 4番目のヒル調査では、日ごとの出現頻度の違いとその日の気象との関連を調べるとともに、シカとサルの血を食物とするヒルが、動物の密度とどのように対応しているかを調べます。

 今年の調査では前期に1、2班、後期に3、4、5班を調査します。

3. ヤクシマザル集団調査法(定点調査者)

 定点調査には、以下のものを持参してください。フィールドノート、ヒトリザル・ヒルチェックシート、調査地図(持ち歩き用地図と調査地名図)、双眼鏡、筆記用具、コンパス、時計、カッパ、傘、トランシーバー、弁当、水筒、非常食、携帯トイレ、ヒルサンプリングセット(サンプル管、手袋、マスク)。

 具体的には、定点での調査中は、以下のようにデータを取って下さい。情報は、フィールドノートと持ち歩き用地図に情報を記入します。ここで書いてあるのはサルが集団でいるのを発見した場合に何を記録するかについてです。オトナオスが単独でいるのを発見した場合については4.ヒトリザル調査法を参照してください。

 サルの集団に関する情報があった場合、それらはフィールドノートに基本的に全て記録して下さい。また、それと同時に、サルに関する情報はすぐにトランシーバーで統括者に連絡してください。情報には情報の種類、時間と場所(方向)を必ず記入して下さい(当たり前のことですが、方向は東西南北で書いて下さい。「サルが右から左に移動した」ではデータになりません)。場所は地図上に番号を落とし、それと同じ番号をフィールドノートに記入して下さい。また、「何もない」ということも情報ですので、何もなくても30分に1回は状況を記入して下さい。調査終了時刻は、統括者の指示に従ってください。

 主なサル情報は、以下の通りです。

音声(vocalization、V)

・クーコール 集団内での鳴き交わし。50-100mしか届きません。これが聞こえるときは集団がすぐ近くにいる場合です。 ・悲鳴 ギャー、キャー。数100m届きます。
・威嚇音 ガッガッ。数100m届きます。
・枝バキ音、足音 もちろん、足音だけではサルと判断できませんが、すぐ近くに集団がいるときには足音で気付くことがよくあります。

*ズアカアオバト、シカの声など、慣れないと区別が難しいものがあります。自信がなければそのように書いて下さい。サルとシカ、間違えやすいおもな鳥の音声はテープがあるので、自信がないときは聞いてみて確認してください。

目視(direct observation、D)

 定点のすぐ近くにサルが現れ、実際に目視できた場合、次のような優先順位で記録を取って下さい。

@最低で何頭のサルがいたか、どこから現れてどこに行ったか。
Aどのような性年齢の個体がいたか。
-------性別は♂・♀、年齢はA(adult、オトナ)・YA(young adult、ワカモノ)・J(juvenile、コドモ)・I(infant、アカンボウ)で記入して下さい。性年齢とも、判別できない場合は必ず?として下さい。サルの性年齢の見分け方は、別紙を参考して下さい。なお、オトナのオスが単独でいるのを発見した場合は、4.ヒトリザル調査法にしたがって記録を取ってください。
Bケガや毛の生え方など、個体の特徴。
-------特徴ある個体が見つかれば、その集団を次の日、あるいは来年以降発見したときに同集団かどうか判断するのに役立ちます。そのため、このような個体を見つけることは、非常に重要です。識別されている5つの群れ(HR群、PE群、OM群、SS群、YY群)については統括者が個体識別表を持っていますので、あとで参照できます。見分け方のこつは、P.30を参照して下さい。可能であれば、写真撮影してください。

 その日の調査が終わったら、まとめ用紙と提出用地図を班長から受け取り、それにその日のデータをまとめて班長に提出して下さい。決してフィールドノートを丸写しするのではなく、その日に取ったデータをわかりやすくまとめて下さい。この調査のまとめは、必ずその日の夕食前に行って下さい。後に回すと調査中の印象が薄れてしまいます。また統括者は定点調査者のデータを集めてその日の班ごとのデータをまとめ、さらに統括者のまとめが終わらないと夕食が開始できないわけですから、遅れることは他の調査員にとって非常に迷惑になります。

4. ヒトリザル調査法(定点調査者)

 ヒトリザルについての情報は、すべてヒトリザル用のチェックシートに記録し、毎日統括者に提出してください。

 群れと離れて単独で動いているオトナオスのニホンザル(ヒトリザル)の密度を算出するには、ニホンザルの群れを発見した場合と異なる資料が必要です。周りにサルの音声が聞こえず、自分自身も声を出さない単独で動いているオトナのオスのニホンザルを目撃した場合、時刻、定点からの距離と方角を記録して下さい。距離は5m単位で記録し、20mより近いときには、1m単位で記録して下さい。最初に目撃したときから5分経過した場合、ないしはヒトリザルが10m以上動いた場合、時刻と定点からの距離、方角を再度記録して下さい。また、ヒトリザルを見失ったときは、最後に確認した時刻と、定点からの距離、方角を記録して下さい。ヒトリザルの密度を算出するには、定点からヒトリザルのいた位置までの正確な距離を知ることが重要です。自信がない場合は、ヒトリザルのいた位置を覚えておき、その日の定点調査終了後に歩測などによって距離を測って下さい。

5. ヒル調査法(定点調査者)

 定点に到着した直後と、到着してから3時間後の2回、体にヒルがついてないかどうかを確認します。ヒルチェックのときには、脚、首筋、腕、腹をチェックしてください。靴を脱ぎ、ズボンはひざまで、シャツは肩まで捲り上げてチェックしてください。背中やお尻など、そのほかの場所はヒルチェックをする必要はありませんが、ついていた場合は、チェックシートに記入してください。発見したヒルが、皮膚にまだ付着していなかった場合、DNA検査用に収集します。その際、ヒトのDNAに汚染されることを避けるため、手袋・マスクをして作業してください。ヒルは、一匹一匹別のサンプル管に入れて、番号(その日その定点ごとの通し番号)、採取者の名前、採取日、採取場所(定点の名前など)を、外側に記入してください。その後、チェックシートに時間、天候、数、体の部位、吸血の有無を記録します。また、チェックシートには各人のヒル除け対策を書く場所がありますので、スパッツの着用・ヒル除けスプレーの使用の有無、靴の種類、靴下の中にズボンのすそを入れているか、などを記入してください。

   定点到着直後と、到着3時間後の2回のヒルチェックの間に、地面の上などにいるヒルを見つけた場合は、自分の体にくっつくまで、ヒルを捕まえてはいけません。くっついたら捕まえて上記同様に保存し、「その他のヒル情報」に記録してください。この2回のヒルチェックの間は、地面の上に座るようにしてください。

 ヒルチェックの時刻にサルが出てきた場合は、サルの記録を取ることを優先し、ヒルチェックができるようになるまで待ってください。その場合、備考欄にその旨記録してください。

6. カメラトラップ調査法(定点調査者)

 調査初日に、それぞれの定点の近傍に、カメラトラップを設置してください。これは、赤外線を感知する自動撮影カメラによって、動物の写真・動画を撮影するものです。それぞれの定点のシカプロットの、定点から最も近い場所の杭を探し、その杭付近で、ある程度見晴らしのきく場所に生えている木を設置場所とします。ただし、定点から杭が見えるくらいに近い場合は、その次の杭付近を設置場所としてください。カメラは、設置する木の地上から高さ1.5m程度に、地面に対して水平よりやや下向きになるように設置してください。定点観察者が撮影されることを防ぐため、定点への方向とは反対向きに設置してください。設置する木を決めたら、背面についているバックルで木に固定し、その後、カメラの箱を開けて中のスイッチをonにし、箱を閉じて、その場を立ち去ってください。Onにしてから10秒間赤いLEDランプが点滅し、この間は撮影は行われません。この後は、できるだけカメラの前に立たないでください。

   その定点での調査最終日に、カメラを回収します。箱を開けてスイッチをoffにし、バックルを外して回収してください。

 以上のサル集団、ヒトリザル調査法、ヒル調査についてまとめると以下のようになります。毎日この手順で調査を行って下さい。

@定点調査中、サル集団・ヒトリザルを発見したら:
サル集団情報→情報の種類、時間、場所をフィールドノートと持ち歩き地図に記入。また、統括者とトランシーバーで交信してサル情報を伝える。
ヒトリザル情報→それぞれのチェックシートの必要事項に記入。定点からヒトリザルまでの距離がとくに重要。統括者への交信は必要なし。
Aその日の調査が終わったら:
サル集団情報→データを提出用地図とまとめ用紙にまとめ、班長に提出。
ヒトリザル情報→チェックシートを班長に提出。
ヒル情報→チェックシートと採集したヒルを班長に提出。

7. 定点調査中にしてはいけないこと

 定点調査は、毎日常に同じ状態で調査を行うことが重要です。また、定点調査中にサルを発見した頻度を分析するわけですから、「何もない」ことは、サルを発見した、ということと並んで重要な情報です。そのときに「何もなかった」というデータを取るには、サルが出たら必ず発見できる状態に常にしなくてはなりません。そのために、以下のことを守ってください。

・寝てはいけません。寝てしまっては観察ができません。本を読む、日記を書く、お菓子を食べる、軽く体を動かすなど、あらゆる手段を使って寝ないようにしてください。寝不足にならないよう、睡眠は夜のうちにしっかりとっておいてください。
・大声を出してはいけません。歌を歌うのは寝ないためのひとつの方法ですが、大声だとサルやシカの気配に気付かなくなる上、動物が逃げてしまいます。サルが近くにいるときには、トランシーバーの交信も音を小さくしてください。
・動き回ってはいけません。移動したら、観察条件がほかの日・ほかの年と変わってしまいます。目安として、20m以上は移動しないで下さい。
定点調査者は、定点調査中も、定点からテン場への移動の最中も、サルを追跡してはいけません。かつて、定点調査中にサルを見つけて興奮し、定点を離れてサルを追いかけ、道に迷った人がいました。このような常識外れの行動は、その間の定点調査の記録が無になるだけではなく、たいへん危険です。定点調査の帰りにルートを外れてサルの追跡を行っても、データにはならず、遭難の危険がたいへん高くなります。遭難すると統括者など多くの人が調査を中断して捜索に行かねばなりません。定点調査中はもちろん、定点の行き帰りでも、定点調査者はサルの追跡は決して行ってはいけません。

8. シカ糞塊調査法

 シカの密度を推定するために、定点調査とは別に、シカの糞の数の調査を交代で行います。糞塊調査は、専属のシカ調査員が行う場合と、定点調査終了後に定点調査員が行う場合があります。いつその定点の糞塊調査を行うかについては、統括者が指示します。

 シカはウサギと同じように、固くて粒々の糞をたくさんします。ひとつひとつの粒々が糞粒で、まとめてした糞粒のかたまりが糞塊です。この調査では、ひとつひとつの糞粒を数えるのではなく、糞塊の数を数えます。この調査では、糞塊は、10粒以上存在するものを1糞塊と定義します。

 各定点の近くに水平距離で50mのセンサス用トランセクトを設置してあります。それぞれのトランセクトは、10メートルごとに杭が打ってあります。その両側各2m(計4m)が調査区です。糞塊の広がりの中心がトランセクトの外にある場合は、記録に含めないでください。

1) 二股の枝などを使って、落ち葉を掻き分けて探してください。倒木があって掻き分けられない場合は、地面の上から見るだけでもかまいません。
2) 糞粒が見つかった場合、注意深く探し、全部で10個以上あるかどうかを確かめます。10個以上あれば、糞塊があったとみなします。
3) まれに、複数の糞塊があることがあります。鮮度などから明らかに区別できるときは二つの糞塊を発見したと記録してください。鮮度で区別できない場合も、糞粒が1m以上の距離を置いて離れている場合は、別の糞塊を発見したと記録してください。
4) 10個の糞粒をサンプル管に保存し、外側に採取者の名前、採取日、定点の名前、番号(その定点ごとの通し番号)を記入し、チェックシートにも記録してください。採取した糞は、年齢推定のための幅の計測と、性判定のためのDNA抽出を行うので、つぶさずにテン場に持ち帰って下さい。
5) チェックシートに、トランセクト10mごとの糞塊の数を記録してください。

9. ヤクシマザル集団調査法(統括者)

 統括者の役割は、重要な順に

@定点調査員を定点まで連れて行ったり、危険なことなどが起こった際に、現地で班員に指示を与えること。定点調査者に調査終了の指示を出すこと。
A集団をカウントすること
Bそれぞれの集団の中の識別個体を見つけること
Cその集団を追跡すること
D糞サンプルを収集すること

です。集団を追跡するのは、定点調査者の情報から集団密度を追跡するのに必要な発見率を求めるためです。ただし、追跡ができる集団は限られており、そのほかの集団は地形が急峻だったり人を見るとサルが逃げたりして追跡は困難です。そのような場合は追跡を行う必要はありません。追跡できる集団が自分の班内に出現している場合はそちらを優先して下さい。

 基本的に、資料の分析は各時間帯(7:00-8:00、8:00-9:00)単位で行いますが、調査時間が30分未満の時間帯は分析には含めません。したがって、15時29分に調査を打ちきった場合、その定点、ないしはその集団の追跡記録の15時台の資料は分析には含まれません。通常は16時00分まで、やむをえない事情で調査を早めに打ち切る場合でも可能であれば毎時00分まで調査を行うようにしてください。なお、定点調査の場合、調査時間が6時間未満だったり、悪天候の場合なども、同様に分析は行いません。調査終了の判断はおのおのの統括者にお任せしますが、この点にもご留意ください。

 定点調査者からの情報などによって集団を発見したら、地形が非常に険しい場合以外は、集団を直接観察できる、あるいはクーコールや枝バキ音が聞こえる程度まで近づいて、集団を追跡してください。集団が調査域外に出てしまった場合も、安全と判断される限りは追跡を続けてください。ただし、無理は禁物です。調査中に取る記録は、定点調査者に準じます。集団の位置情報はとくに重要ですから、30分に1回程度は、集団の広がりの真中と推定される位置を地図上に記録して下さい。集団がほかの班の調査域へ移動した場合にその班の統括者に引き継ぐかどうかはその場で適宜判断してください。また、識別個体がいるかどうかに注意して観察してください。

 サルの集団が林道を急いで渡るとき、集団の全個体を数えることが可能になります。集団の構成の資料は、集団の位置の資料よりも重要です。場合によっては集団追跡を中断し、林道に先回りするなどして、集団を数える機会を逃さないようにしてください。その時には、追跡者間で綿密に連絡を取り合い、同一個体を違う人が重複して数えないよう注意して下さい。

   集団を観察中、ビデオカメラによる録画を行ってください。ビデオ撮影は、道路カウントのときにあとで性年齢を確認するためと、個体識別用の画像の撮影という、二つの異なる目的のために行います。道路カウントは、はじめ、群れのほとんどの個体が道路のどちらか一方にいて、もう片方に渡るような状況で撮影します。このばあいは、できるだけズームアウトし、視野を広くとるように心がけてください。可能であれば、性年齢識別のためにサルのおしりが映るようにしてください。個体識別用の画像の撮影は、林道周辺に長時間滞在していて、拡大画像が撮影できる場合、および最初から道路の両側にサルがいて、全頭のカウントが難しい場合に行ってください。この場合は、画像はできるだけ拡大し、顔や指など、個体識別がしやすい個所を重点的に撮影してください。画像撮影時に、群れの名前、識別できる特徴の概要を、自分でしゃべって記録してください。道路カウントのための撮影と、個体識別のための撮影の、どちらがより重要かは、そのときの視界の状況、これまでの資料の集まり具合、観察者自身の性年齢識別能力によって異なりますが、最終的な資料価値は、道路カウントによるその群れの完全な構成の方が高いことを認識した上で、臨機応変に判断して下さい。

 糞を発見した場合、どのように収集するかは、その糞が排泄直後かどうかによって異なります。排泄個体を確認した新鮮な糞の場合、糞表面に付着しているそのサルのDNAと、糞の内部にある腸内細菌のDNAの両方を、新鮮でない糞の場合は、糞表面に付着しているサルのDNAだけを採取します。採取前に、手袋とマスクを着用してください。表面についているDNAの採取には、保存液(Lysis buffer)と綿棒を使用します。綿棒でそっと表面をなで、サンプル保存液に綿棒を浸し、またなでるということを何回か繰り返します。このとき、糞内部の阻害物質をできるだけ取らないように、糞表面のサルの細胞だけを取るように、そっとなでることがポイントです。最後に、綿棒の先を折って保存液の中に入れて、栓をし、必要事項(採取年月日、採取者、群れの名前、性年齢、通し番号など)を記入してください。次に、腸内細菌用のDNAサンプルを採取します。これには、スプーンの付いたサンプル管に保存液(Lysis buffer)を満たしたものを使用します。スプーンを糞の中に突っ込み、かき回して、糞の(表面や底面ではなく)中身を採取してください。うまく取れない場合は、何度か繰り返してください。土壌中の細菌が混入しないよう、スプーンを突っ込むときは糞を貫通して地面に達しないように注意してください。枝などで糞を押さえる場合は、枝にスプーンが接しないように、枝に触れた部分を採取しないよう、細心の注意を払ってください。採取後、栓をし、必要事項(採取年月日、採取者、群れの名前、性年齢、通し番号など)を記入してください。いずれの場合も、綿棒やスプーンの先端がサンプル管の外側に触れてしまったなど、汚染が疑われる場合は、別の採取セットを使って採取しなおしてください。採取後、その糞を別の人が採取しないように地面に埋めるなどしてください。

10. ミーティング

 毎日調査終了後に班ミーティング、全体ミーティングを行います。

 班ミーティングでは、統括者が中心となって、その日取ったデータを一つの図にまとめるとどうなるかを調査員に示し、それをもとにして集団の分布を話し合いながら推定します。定点調査者は、自分のデータがどのようにまとめられていくのかをよく見ておいて下さい。統括者は、できる限り調査の全体像が定点調査者に伝わるように配慮して下さい。

   全体ミーティングではそれぞれの班の班長がその日の調査結果を報告します。連絡事項の伝達を行い、その日の調査の反省などを全員で話し合います。

11. 食事当番

 食事当番(食当)の詳しい仕事の内容は各班の食当ノートに書いてあります。

 食当は毎日交替で行います。前期は5:45、後期は5:30には班員が出発できるように朝食を用意して下さい。夕食はその日の調査員のデータのまとめが終わってからです。皆さんお腹が空いているでしょうが、食当の人は全員のまとめが終わるまで夕食を始めないで下さい。

 後期については、1日2回、午前10時ごろと午後4時ごろに、大曲でiPadを使って天気図をダウンロードするのを食当の仕事とします。屋久島が24時間以内に台風の勢力下に入ると予想される場合、その他急な天候の悪化が予測される場合、歩いてトランシーバーの通じるところまで行き、統括者に知らせてください。前期は、天気図のチェックは2f定点の調査員が行います。

 食当は食当ノートに書かれてあるやり方に従って、在庫確認を行って下さい。ヒル調査のため、6:00から10:00まで、1時間に1回、テン場近くの決められた場所で、木が濡れているかどうか、及びそのときに降雨があるかどうかを、食当ノートに記録してください。また、キャンプサイト近くにサルが出てきた場合、記録を取っておいて下さい。テン場には衛星電話が置いてあります。1日に1回、電源を入れて、SMSの受信がないかをチェックしてください。緊急の場合、すぐに統括者に連絡してください。

 食当の日は調査は休みです。十分休養を取って下さい。

12. 調査器具の使い方

 調査器具の中には高価なものがあります。くれぐれも壊すことのないように大切に扱い、その使用法を各自よく確認しておいて下さい。

・トランシーバー
 トランシーバーは必要なとき以外は交信しないで下さい。混信して必要な情報が伝わらなかったり、サルの音声を聞き逃すことになります。地形の関係で電波が届かなかったり、受信しかできなくなったりすることがありますが、そのような場合は木の上に乗るとか他の人に中継を頼んで下さい。トランシーバーは非常に水に弱いので、絶対に濡らさないようにして下さい。あらかじめビニールの袋に入れておき、使うときはアンテナだけを出すようにしておくと、急な雨にも濡れることはなく、また誤って水たまりに落としても大丈夫です。また、トランシーバーは比較的早く電池を消耗してしまうので、替え電池を必ず携帯して下さい。

・双眼鏡
 防水されていない双眼鏡は、雨などでひどく濡れると中に水が入ってレンズが曇り、使えなくなります。雨が降ってきて双眼鏡を使わないときはカッパの内側に入れておくなどして、濡れないようにして下さい。また双眼鏡は使うのに多少慣れが必要ですので、肉眼で見ていたところをすぐに双眼鏡で見えるように定点で暇なときなどに練習しておくとよいでしょう。

・iPadとモバイルWiFiルーター
 iPadのスイッチは、上側面の右のほうにあります。Docomoの電波の通じるところで、モバイルWiFiのスイッチを入れると、インターネットができるようになります。スクリーンをスライドして、2ページ目の「気象天気図」というアプリを開き、「実況天気図」を開きます。スイッチと、画面中央下のボタンを同時に押すと、スクリーン全体が「写真」フォルダに保存されます。同様に、「24時間予想図」「48時間予想図」を保存します。次に、「Safari」を開いて、「屋久島町の天気」を開き、同様に保存します。山の上では、電気は貴重です。とくに、モバイルWiFiルーターは電池を早く消耗しますので、使用後は必ず電源を切ってください。

13. ごみ

 ごみは屋久島町の方式に従って、以下の通りに分別してください。これはキャンプ中も下山中も同様です。いったん分別せずに出されたごみを分別しなおすことは非常に不快で大変です。一人一人がしっかりルールを守ってください。

炭化資源ゴミ(一般のごみ): 緑色の袋 器・包装紙・紙くず・カバン(革製品)・新聞・雑誌・ダンボール・木綿・麻等の衣類、ポリ容器・包装ビニール・牛乳パック・食品用ラップ類・履物・プラスチックや合成繊維などの石油製品など。
生ゴミ: 白い袋 食品だけを入れ、包み紙、アルミホイル、ラップなどは入れないこと。
発泡スチロール類: 黄色の袋 魚のトロ箱・緩衝材・食品用トレー・カップめんの容器などの発泡スチロール製品。洗ってから捨てること。
ペットボトル: 黄色の袋 ラベル・キャップを外し、中身を軽く洗うこと。
空き缶: 水色の袋 中身は軽く洗うこと。つぶさない。
ガス缶: 水色の袋 必ず使い切ってから捨てること。
牛乳パック: 個別の袋 中身は軽く洗って開くこと。
小型粗大ごみ(空き缶・ガス缶以外の燃えないゴミ): 透明の袋 金属類・ガラス類・陶器類・ナベ・茶碗類・スプレー缶(ガス抜きをしっかりする)・ガラスくず・アルミフォイルなど。
廃乾電池: 個別の袋

14. 自然に対する配慮

 調査地は、国有林内であり、国立公園第1種特別地域や森林生態系保護地域などに指定され、厳重に保護された場所です。この調査は関係諸機関の許可を得て行われるものですが、やむをえない場合を除き伐採や土石の採掘など、現状を改変しないことが調査許可の条件になっています。また、このような調査は屋久島の自然が今まで保全されてきたからこそできるのであり、調査で入林する場合には、他の目的の入林よりも一層自然への配慮が求められていると言えます。このような事情を考慮して、自然に配慮した行動を心がけてください。具体的には、以下のことに注意してください。

 調査地の自然環境を変化させないために、草木を不必要に痛めないように配慮して下さい。たとえば、定点の見晴らしをよくするために枝を折る、座り心地をよくするために低木を刈る、木に名前を彫ったり落ち葉を持ち帰ったりする、などの行為はしないで下さい。

 調査地では、水場で食器を洗ってはいけません。汲んだ水で洗い、排水はテン場と水場から離れた場所に廃棄してください。それでも落ちない汚れはトイレットペーパーで拭いて下さい。ただし、紙も大事な資源ですから、使いすぎに注意しましょう。カレーやシチューなどの油汚れは、水で流す前にゴムベラで擦り取るときれいに落ち、紙も水も節約できます。

 トイレは、携帯トイレで行ってください。これらのものは、すべて調査後に持ち帰り、一般の燃えるごみとして処分します。テン場にも、ほかの人から見えない、林道から近い場所に用を足す場所を設置しますが、そこでも、携帯トイレを使ってください。携帯トイレは、便袋と、使用後の便袋を臭わないように入れておく外袋からなっています。用を足すときに使用した、ティッシュペーパーやトイレットペーパーを、道の脇や森の中に捨てないでください。使用済み携帯トイレの中に入れるか、据付トイレのそばに置いてある、専用のゴミ箱に捨ててください。

15. その他の注意事項

 調査終了時に忘れ物が出ます。これらのものは持ち主が見つからない場合、ほかの人に分配するか、その場で廃棄します。特に、タオルと靴下の忘れ物が非常に多いようです。自分の持ち物には名前を書き、各自でしっかり管理するようにしてください。

 緊急時に備えるため、非常食と水は必ずいつも携帯して下さい。

 緊急に避難する時に備え、また他の人に不快な思いをさせないためにも、自分の身の回りは常に整理整頓しておいてください。集会場、炊事場、車の中など、公共のスペースには私物をおかないでください。

 尾之間に宿泊しているときは、我々が大人数であること、また近所の方は日常の生活を送っておられることを考慮し、近所の人の迷惑にならないようにふるまってください。夜大声で話したり、外に出て話し込んだり、特に夜間、無断で外出しないでください。私物は全てザックの中にしまい、男性は納屋の中、女性は2階に置いてください。大人数の荷物が散らかった状態では、ほかの人が使えるスペースを制限し、見た目にもたいへん不快です。

16. 緊急時の対応

 この調査が20年以上にわたり続けてこられたのも、これまで大きな事故が起こらなかったからです。野外調査では、死亡事故を含む重大な事故が起こる可能性があります。いったんそのような事故が起こった場合、地元の人や調査を許可してくれた関係機関に大きな迷惑をかけ、他の調査員、事故当事者のご家族や友人に、永遠に消えない心の傷を残します。さらに、この調査を来年以降継続して行うことは不可能になり、これまでこの調査に参加してくれた数百人の調査隊OBOGの努力や、この調査への思いを、無にすることになります。

 くれぐれも安全に留意し、慎重な行動を心がけてください。
 緊急時の大原則は
トランシーバーで交信することです。
 他の人の声を聞くだけでも安心できます。一人で無理をしないことです。統括者と連絡を取った上で、その指示に従って下さい。

(1)道に迷った場合
 まず、道に迷わないためには一人で歩く場合には、目印の紐をはずして歩いてはいけません。紐が見つからないときには無理に歩いてはいけません。霧で視界がきかないときは特に危険ですから、動かないで下さい。目印紐だけに頼るのではなく、コンパスと地図で方角や地形を確かめ、現在地を確認しながら歩いてください。これは統括者と一緒に歩いているときも同じことです。統括者だけに完全に頼ってしまうことは統括者にとって大きな負担になります。最近、調査ルートの整備にともない、地図を見ずにただ目印紐に沿って歩くだけの人が増え、その結果定点を行き過ぎてしまったり、ルートを逆走するという事例が頻発しています。自分の現在地、進行方向を常に地図とコンパスで確かめながら歩いていれば、このようなことは決して起こりません。
 道に迷った、と思ったらまず交信して指示を受けるとともに、もと来た道を引き返して、目印のあるところまで戻ってください。それが難しければその場で動かないで待っていてください。そのときにお互いに大声を出したり笛を鳴らしたりすれば他の人からの自分の位置が分かります。無理に動けば体力を消耗します。気を落ち着けてじっと助けを待って下さい。谷を歩いてはいけません。屋久島の谷は急峻で非常に危険です。迷っていない場合でも、統括者の指示のあった場合以外は、尾根を歩いて下さい。

(2)ケガをした
 無理に動いてはいけません。班長に救急箱を渡してありますから、人を呼んで応急処置をして下さい。また、各自でも必ず傷薬は持参して下さい。

 危険な生き物はマムシとスズメバチです。いずれの場合も、咬まれた・刺された場合は、まずポイズンリムーバで毒液・毒針を吸い出してください。ポイズンリムーバでの毒の吸引は、2分以上経過してから行うと、効果が減少します。必ず事前に使い方を練習し、いざというときに、あわてず処置してください。

 マムシに噛まれてすぐに処置をしなくてもまず死ぬことはないのであわてないことが大事です。マムシにかまれたら2本の牙の跡が残ります。痛みがすぐにおさまり、30分たってもなんの腫れもなければ、毒は注入されなかったので大丈夫ということになります。傷口を消毒してテープでも貼っておけば大丈夫で、医者にいく必要は全くありません。激痛が持続し、出血がみられ20-30分で患部が腫れてきたら患部を動かさず安静にすることが必要です。とはいえ調査中ならばそこにずっといるわけにはいきませんから、統括者を呼び、できる限りゆっくり歩いてキャンプまで戻ってください。慌てて動くと毒が回りやすくかえって危険です。噛まれた場所をやたらに縛ったり切ったりしてはいけません。強く縛ると虚血になり縛った先の組織が壊死する危険があり全く無意味です。傷口の切開は山の中で行うのはほとんど無意味です。出血がひどくなり、傷口から細菌感染しやすくなるためです。患部を手で圧迫して血を絞り出そうとしても毒はほとんど回収されず無益です。患部を氷で冷やすのも組織の破壊を促進するので不適当です。酒を飲むと毒が回るのが早くなります。血清を注射する場合は6時間以内でないといけませんから、キャンプに戻った後、すぐに車で下山し、医者に行って下さい。治療法の一つに血清を投与する方法があります。しかし、血清によってショック反応が出ることがありますから、皮内反応を行ってアレルギー反応が起きないことを確認しますが、皮内反応が正常でもショックを起こすこともあるのでショックに対する処置(昇圧薬、輸液、ステロイド投与)をできる施設で行う必要があります。また、ショックは1-2週間後に起こることもあるので血清を打ったら1-2週間はショックに対する処置ができる施設の近くにいなければいけません。それが無理ならば血清投与はしないほうが無難です。

 ハチに刺された場合、血の絞り出しは絶対やってはいけません。かえって毒を広げてしまいます。ハチの場合は患部を水や氷などで冷やすのは効果があります。患部の毒を吸い出してはいけません。スズメバチは縦の動きにはあまり反応しないので、近くにやってきたときにはゆっくりしゃがむとやり過ごせます。

(3)川が増水している
 調査地内で死亡につながる可能性がもっとも高い事故は、増水した川を無理にわたることです。水が川底から腿の高さ以上に増水している時は、無理に渡渉してはいけません。調査地内の川は、源流までの距離が短いため、短時間で増水しますが、逆に短時間で水は引きます。トランシーバーで現状を報告するとともに、渡渉点で水が引くのを待ってください。また、行きに渡るときに、どこが川底が浅いか、またいでわたれる大きな倒木はないか、確認してください。

マニュアル目次にもどる

もどる

Copyright (C) 2013 Yakushima Macaque Research Group. All Rights Reserved.