2013年夏期ヤクシマザル調査報告


2013.9.23. 2013ヤクザル調査隊



1 はじめに


 ヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)は屋久島の亜熱帯性海岸林から標高1800mを越える山頂部まで連続的に分布することが知られている(丸橋他、1986; Hanya et al., 2004)。屋久島の西部海岸域では、1970年代から餌付けに頼らない長期にわたる継続調査が行われており、多くの成果が得られている(Yamagiwa & Hill, 1998)。中高度・上部域に生息するヤクシマザルについては調査が遅れていたが、1990年代に入って、西部海岸部以外での調査が本格化し、上部域のニホンザルの密度、群れサイズ、食性、活動時間配分など、基本的な生態学的情報が、すこしずつ明らかになってきた(Hanya et al., 2003a; Hanya, 2004a, 2004b)。

 「ヤクザル調査隊」は1989年以降、毎年夏にヤクシマザルの分布調査を行ってきた。このうち、1994、1995、1997年には、自然植生の垂直分布が連続して保存されている西部域で調査を行い、以下のことが明らかになった。(1)標高300mまでの海岸部には、1km2あたり約4群と、きわめて高密度で分布している。(2)標高300mから800mの照葉樹林帯、標高800mから1,200mの照葉樹林・ヤクスギ林移行帯、標高1200m以上のヤクスギ帯では、群れ密度は1km2あたり1.2群から1.6群と、ほぼ一定である。(3)群れサイズについては正確な情報は得られなかったが、標高800m以上の移行帯およびヤクスギ帯では、それ以下の標高帯に比べ小さいようであった(Yoshihiro et al., 1999; Hanya et al., 2004)。

 さらに1998年からは、西部域の大川林道終点地域で継続調査を行うことにした。具体的には、調査域内の群れの正確な分布と、対象とした群れのサイズと性年齢構成を明らかにすることを目的として行われた。これらの資料を蓄積することによって、屋久島中高度域におけるヤクシマザルの個体群動態のメカニズムを明らかにすることが最終的な目的である。1998年の調査では、大川林道終点地域の、瀬切川の両岸で調査を行い、1群の構成を確定したほか、3群について、大まかな構成を確認した。群れサイズはどれも20頭を越えるものではなかった。2000年には、HR群を全頭を個体識別し、ほかにもPE、OM、SY群の合計4群が識別できるようになった。2001年の調査では、さらにBR群が識別されるようになった。BR群は2003年以降は調査域内で観察されなくなったが、2005年にはSY群がSS群、YY群の二つの群れに分裂し、現在調査域内では5群を識別している。これらの群れの子持ち率(または粗出産率、観察されたオトナ・ワカモノメスのうち、アカンボウを持っていたメスの割合)は年によって4%-43%のあいだで変動した。

 2000年から、これら人口学的資料の収集と並行して、ブロック分割定点調査法による集団密度の推定を行った。この地域は自然林と伐採地が混在しており、しかも伐採された年数が異なっている。このような地域で集団密度の推定を行うことで、ニホンザルが植生の撹乱の程度に応じてどのように土地利用のやり方を変化させていくのかを明らかにし、さらにその調査を毎年継続して行うことで、伐採後の植生の変化に応じて土地利用のあり方がどう変化していくかを明らかにして行くことが目的である。2000年から2003年までの結果については、Hanya et al. (2005)に発表した。

 さらに2003年度からは、定点調査中にヒトリザルおよびシカについてもサルの集団と並行して資料を収集するようにした。シカ調査は、2008年までは定点で音声が聞こえる頻度を記録していたが、この方法で得られた結果の信頼性に疑問があったため、2008年度からは、糞塊法による調査を開始した。定点の周辺にシカ糞調査用の調査区を設置し、シカ密度の年変動を恒久的に調査できるようになった。サルの分布と関連すると思われる、森林の果実量調査は、自然林では1999年から、伐採地では2002年から継続して行っている。また、2010年から、定点でのヒルの調査も行った。これらの結果の概要についても、この報告書で報告する。

2 調査地域と植生



 調査地は、屋久島西部の瀬切川上流の地域である(図1)。標高は750mから1350mにあたる。調査地域の面積は7.5km2である。

 調査域は全体として照葉樹林・ヤクスギ林移行帯にあたる。イスノキ、ウラジロガシなどの照葉樹が、スギ・モミ・ツガなどの針葉樹と混交している。林床はハイノキを中心とする常緑低木に広く覆われている。調査域は大川林道を中心として植生の撹乱があり、伐採跡はスギの幼樹、ヒサカキやハイノキなどの低木に覆われている。伐採後の年数は大川林道の終点近くや12支線沿線では17-27年程度で、西(入口方向)へ行くほど年数が経っている。もっとも西側の5班の調査域付近ではおよそ37年程度である。伐採後の更新方法には2種類ある。一つは伐採後自然の更新過程に任せる天然更新で、12支線沿いや大川林道の終点付近からおおむね3班のdf付近まではこの方法で行なわれている。もう一つは伐採後スギを植林する人工更新で、それより西の、3cdおよび4班と5班の調査域付近で行なわれている。

3 調査方法



 参加者は、48人(前期24人、後期28人)である(表2)。前期に1班と2班、後期に3、4、5班の調査を行った。

サルの集団の調査



 調査は、ブロック分割定点調査法によった。調査域を500m四方のメッシュに分け、メッシュ内の音声の聞き取りやすい場所を定点に選び、そこに一人の定点調査者を配置した。4-8つのメッシュをあわせて一つの班を作り、1-3人の統括者を配置した。定点調査者が群れを発見した場合はトランシーバーで統括者に連絡し、統括者が群れを追跡した。群れが林道などを横切る時に群れを数え、群れの構成を調査した。

ヒトリザル



ヒトリザルを目撃した場合、時刻、定点からの距離と方角を記録した。距離は10m単位で記録し、20mより近いときには、1m単位で記録した。最初に目撃したときから5分経過した場合、ないしはヒトリザルが10m以上動いた場合、時刻と定点からの距離、方角を再度記録し、ヒトリザルを見失ったときは、最後に確認した時刻と、定点からの距離、方角を記録した。

シカ糞調査



各定点の近傍に水平距離で50mのセンサス用トランセクトを設置し、その両側各2m(計4m)内のシカ糞塊数を10m間隔で記録した。また、食性解析のため、各糞塊から10の糞粒を採取した。糞塊の定義は、糞粒が2m以内に10粒以上存在するものを1糞塊とした。シカの調査は、定点調査と並行して行った。

ヒル調査



 定点調査者は、1日に2回、体についているヒルの数をチェックした。一回目は、定点に到着した直後で、2回目は、1回目のヒルチェックから3時間後に行った。ヒルがついていることを確認したら、チェックシートに時間、天候、数、体の部位、吸血の有無を記録した。観察者の皮膚に触れる前に発見したヒルは、DNA分析のために採取してアルコールに保存した。宿主の1回目のヒルチェックで見つけたヒルは、殺すか採集し、2回目のヒルチェックに影響を与えないようにした。

果実量調査



 これまでの調査で、5メートル四方の植生調査区を、伐採地に26個、自然林に10個設置してある。その中に生えている、サルが食べる液果をつける樹木(ヒサカキ、ハイノキ、オニクロキ、サカキ)について、結実数を直接計数した。伐採地の調査は前期調査中、自然林の調査は9月3日に行った。

カメラトラップ調査



 前期、後期の調査初日に、シカ調査トランセクトの定点に最も近い杭の近傍に、カメラトラップを設置した。前期は調査最終日まで、後期は調査第5日の8月29日にカメラを回収した。

4 集団密度の推定方法



 集団密度はHanya et al. (2003b)にしたがって推定した。

 まず、語句を以下のように定義する。「集団」とは、まとまって一緒に遊動しているサルの集まりのことをいい、具体的には、「集団とは、500m以上近接して一緒に遊動しているサルの集まり」であると定義する。一方、「群れ」とは、「同じ『集団』内で遊動する可能性のあるサルの社会的なまとまり」であるとする。つまり、一つの群れは、一つの集団になってまとまっていることもあり、ばらばらになって二つ以上の集団を作っていることもある。また、「時間帯」とは、「6時0分から6時59分、10時0分から10時59分までのように、0分から59分までの1時間のこと」をいう。

 資料の分析に際しては、複数頭の音声か、オトナメスまたはコドモの目視情報のみを集団の発見とみなし、単発の音声、具体的には前後1時間の間なにも情報のない音声情報や単独のオトナ・ワカモノオスの目撃情報は分析から省いた。

 まず、各時間帯の各々の定点での集団の発見数を数えた。その時間帯の間に、その定点調査者が、500m以上離れた2か所からそれぞれ複数頭の音声を聞いた場合は2集団を発見したと数えた。それ以外の場合については1集団を発見したと数えた。調査時間が30分未満の時間帯の資料は分析から除いた。次に、6時間以上調査した定点について、その日の各時間帯の発見数の平均を計算した(図3-1〜図3-2)。最後に、全調査期間についてこの値の平均を求めた(図3-3)。

 集団の発見数をn、集団密度をDとする。このふたつには ---(1)
という関係がある。 は定点からの距離yの地点にいる集団の発見率g(y)をというモデル(Half-normal model, Buckland, 1993)で近似したときの値である。この値は統括者による集団追跡と定点調査の資料を比較することでもとめることができる。今回の報告書にはこれらのパラメータを求めるための分析は間に合わなかったため、2000-2003年度の調査で求めた値(Hanya et al., 2005)を使用した。調査域を自然林(1a1b1c1d1f2a2b3a3b3c3d4a4b)、天然更新地1(若い天然更新地; 1e2f2g2h)、天然更新地2(古い天然更新地; 2c2d2e3f)、人工更新地1(若い人工更新地; 3d3e)、人工更新地2(古い天然更新地; 4c4d4e4f5a5b5c5d)の5つに分け、それぞれ個別に発見率を推定した。

5 調査日程



8/10 前期集合、安房の世界遺産センターで講習会
8/11 西部林道でヤクシマザル観察実習
8/12 入山、キャンプ設営
8/13-19 前期調査
8/20 下山、まとめ、打ち上げ
8/21 前期解散
8/22 後期集合、宮之浦の屋久島環境文化村センターで講習会
8/23 西部林道でヤクシマザル観察実習
8/24 入山、キャンプ設営
8/25 後期調査
8/26 悪天候のため12時前に調査を終了
8/27-30 後期調査
8/30 台風接近のため下山
8/31 休日
9/1 一部の調査員でYY群の追加調査、打ち上げ、全体ミーティング
9/2 解散

6 調査結果



 各々の定点の集団発見数の平均を図3に、統括者も含めたそれぞれの日の調査記録を図4に、長時間追跡できた集団の遊動図を図5に、それらをもとにして識別できた群れの遊動図を図6に示した。また、群れのカウント例の一覧と、それをもとにして分かった、重複を除いた最低の群れサイズ、性年齢構成を表1に、識別できた個体の記録を図7に挙げた。

 以下に、調査域全体の集団密度の傾向、シカ・ヒトリザル・ヒルの分布、果実生産の傾向、班ごとの植生、確認した群れの遊動域と遊動パターン、サイズと構成などの情報について述べる。

 なお、それぞれの日に確認された集団については、1-9-aのように番号をつけた。最初の数字1は班名を、真中の数字9は日付(8月9日は9、8月11日は11、以下同様)を意味し、最後のアルファベットはその班のその日についての通し記号である。また、調査域内ではHR群、PE群、OM群、SS、YY群の5つの群れが識別されている。また、そのほかにKB群、WC群、定期便群(いずれも仮称)などの群れが、識別個体は見つかっていないが、毎日の出現パターンから調査域内にいることが推定されている。それぞれの日に確認された群れがこれらの群れのうちのいずれかであることが確かめられた場合、1-11-b(HR)のように表記した。ひとつの集団が同じ日に二つ以上の班にまたがって出現した場合、1-11-a(2-11-b)のように二つ以上の名前がつくことがある。

集団密度



 調査域全体の集団発見数の95%信頼区間は0.12±0.04集団/定点/時間、最大は2gの0.48集団/時間、最低は3c、4b、5a、5bの0集団/時間であった。(1)式に代入して集団密度を計算すると、95%信頼区間が1.0±0.04集団/km2、最大が5.04集団/km2、最低が0集団/km2だった。


図A 集団発見数の植生による変異。y軸の単位は集団数/定点/時間。平均+標準偏差を示す。


図B 集団密度の植生による変異。y軸の単位は集団数/km2。平均+標準偏差を示す。

シカ糞塊数



トランセクトあたり(50m*4m)の平均糞塊数の95%信頼区間は4.50±1.81である。最大値1a(自然林)の22、最小値は0であった。調査地では2010年4月から2011年3月にかけて、シカの捕獲が行われていた。糞隗数は2009年は3.1±1.34、2010年は1.2±0.58、2011年は1.1±0.52、2012年は2.5±1.1だったので、捕獲前よりも個体数が多くなったことになる。


図C シカ糞塊密度の植生による変異。y軸の単位は個/10m*4m。平均+標準偏差を示す。

ヒトリザルの発見頻度



 単独行動のオトナオスまたはワカモノオスを目撃したヒトリザルの発見頻度の95%信頼区間は、(2.50±0.87)×10-3回/10分、最大は5a(人工林)の12.0×10-3回/10分、最小は0回/10分である。図Dに植生ごとの発見頻度の違いを示した。


図D ヒトリザルの発見頻度。y軸の単位は回/10分。平均+標準偏差を示す。

ヒル調査



一回目のチェックでの総発見数は94匹で、一回のチェックで発見したヒルの平均数は0.43匹、最大数は6匹(8/26、3f)であった。二回目のチェックでの総発見数は15匹で、平均0.078匹、最大数は4匹(8/26、5d)であった。一回目のチェックでは定点までの道のりで体についたヒルを取り除くことになるため、二回目よりも総じて発見数は多くなっていた。

カメラトラップ調査



 撮影された哺乳動物は、ヒトを除くと、シカ(31枚)、サル(9枚)、ネズミ(4回)、イタチ(1回)だった。ほかに、ザトウムシや昆虫、鳥が撮影されていた。

果実量



 5m四方の調査区内で結実していた液果の果肉重量の植生による変異を図Eに示した。果実生産量は天然更新1で最大で、天然更新2、天然更新3、自然林がそれに次ぐ。人工更新地では果実生産が見られなかった。これは、過去の年の調査と同様の傾向である。


図E 果実生産量の植生による違い。平均+標準偏差を示す。単位は果肉部分の湿重で、g/25m2を示す。

 以下に、各班で発見された集団の情報について述べる。

1班



 1班の調査域のうち、12支線終点付近の1eには伐採地があるが、それ以外は自然植生である。伐採されたのは1995年ごろで、ヒサカキ、ハイノキの幼木が多い。昨年の調査後に、12支線の終点付近と、そこから東300mくらいまでの範囲で除伐が行われ、これらの低木の多くが伐採された。自然林ではスギ、モミ、ツガ、ヤマグルマ、ハリギリなどが多い。

 1班の調査域内では、HR群、PE群が確認され、そのほかにも群れの存在が推定された。

 HR群はオトナを中心にほぼ全頭が個体識別されている群れである。今年はHR群の遊動域にあたる地域で集団が毎日出現していた。統括者がこの場所に行ってHR群であることを確認した日は8/13、8/14だけだが、そのほかの日についても、観察者に対する人馴れの程度から判断して、全てHR群であると推定される。例年、HR群は調査域の東を利用していることが多く、調査域内に現れるのは2−3日に一度程度だったが、今年は西寄りの場所を遊動していたようである。これは昨年から引き続いてみられる傾向である。調査域内で確認された遊動域は、1cdf定点付近と、12支線終点付近で、12支線終点付近で、PE群と遊動域を接している。2013年3月から4月に調査したときのHR群の構成は、オトナオス6頭、オトナメス9頭、コドモ4頭、アカンボウ2頭の合計21頭だった。昨年生まれたアカンボウは生存していた。

 PE群の遊動域は12支線終点付近から2f、および2h南の大川付近までと考えられる。統括者がPE群であることを確認できなかった日も含めると、これらの場所の中のいずれかで出現していたが、今年は例年よりも遊動域が南に偏る傾向があり、林道に出てくるこ頻度が低い一方で、大川を渡渉して南側まで行くことが確認された。さらに、集団全体がばらばらになって移動している傾向があり、集団が出現した場合でも、ごく少数頭しかいない様子の場合が多かった。また、まだ林道の数百メートル下に集団がいるのに、1頭だけでオトナメスが林道に出現したこともあった。そのため、集団のカウントは困難を極めたが、確認された個体は、オトナオス1頭、オトナメス3頭、1歳のコドモ1頭、アカンボウが1頭の合計6頭だった。  ほかに、1b定点付近で8月13日、14日、16日に、1a定点付近で8月14日に集団が出現した。

2班



 2班の調査域は大別して、自然林、天然更新林、スギ人工林という3種の森林から構成されている。瀬切川右岸にあたる北側にはヤクスギ自然林が残され、左岸にあたる南側には伐採後の天然更新林とスギ人工林がモザイク状に見られる他、尾根沿いと南方の大川近くには伐採されなかった自然林が残っている。自然林にはスギをはじめとした大径木が林立するが林床は比較的密な場所が多く、地形の急峻さもあいまって集団の追跡が大変な場所である。天然更新林は伐採後の年数によるが、ヒサカキ、オニクロキ、ハイノキ等の低木が密生する場所が多い。これらの低木は近年人の背丈を超える程度に成長しており、一時期のように全く歩けない程ではないものの依然見通しの悪い状態になっている。スギ人工林の大部分は継続的な間伐等の管理により、見晴らしが利く一方で放置された間伐木により非常に歩き難い状態になっている。これら3種の森林を、東西に走る大川林道本線と東に口をあけるU字型の12支線が、東西方向に3回横切っていることも調査域の特徴である。集団の観察、カウント、追跡はこれらの林道に加え 林道間を結ぶ調査道を中心に行なわれた。

 2班の調査域にはOM群とPE群という2つの識別群が現れた。

 OM群の遊動域は昨年とほぼ同様で、南北は大川林道周辺から12支線南側まで、東西は大曲から地図上13-14のラインまでであった。ただし、未確認ではあるが3f入口付近までOM群が利用する可能性が示唆された。これは右岸でのSS群観察と時を同じくして3f入口付近でも不明集団が観察されたためである。本年は2e周辺から中村街道周辺でよく観察された他、大川林道、12支線の道下でカナクギノキの果実を採食している場面がよく見られた。大曲のすぐ西にはSS群、2d定点周辺では後述のテン場付近を利用する群れが遊動域を構えている。昨年までと同様、OM群の警戒心は非常に強く人間の前で林道を渡ることに抵抗を示す個体が多くいた。前期の間に10-12個体のカウントを3回繰り返し、全体の構成をほぼ明らかにすることに成功した(表1)。オトナメスは5ないしは6個体いると推測され、子持ち率(粗出産率)は40-50%(2/5-3/6)であった。昨年確認されたアカンボウは1個体であったが、本年は1才が2頭観察された。昨年度の調査ではフルカウントに至っておらず、見落としがあった可能性が高い。一部の構成個体のみが現れる例や数百m以上離れた複数の場所から同時に音声が聞かれる例が散見されたため、サブグループもしくは非常に広範囲に広がって遊動している可能性が示唆された。

PE群は2班領域では2f、2h定点で観察された。カウント及び追跡は1班統括者が行なった。

識別されていない群れは推定4群が観察された。まずテン場周辺を利用する集団(WC群(仮))は、2d定点及びテン場付近で頻繁に確認された。但し統括者の人員を割くことが出来なかったため本年も識別個体の確認は出来なかった。テン場北側から瀬切川右岸に遊動域の中心を持つ群れがテン場及び大川林道・12支線分岐付近までを利用していると考えられる。また2g定点から大川方面を利用する集団が定点から確認されたが、カウントにはいたらなかった。恐らく一部遊動域を重複させる形でOM群遊動域の南側に集団が存在すると思われる。2a、2b定点周辺でも未識別の群れが観察された。この群れを統括者が目視した例はほとんどなく、追跡や識別は行なわれていない。これらの群れについては今後識別を試みたい。

去年再び観察された右手首のないオスは、本年は確認されなかった。このオスは4年前にOM群から移出した後、断続的に調査域で観察されている。来年以降もこのオスの探索を試みたい。

3班



 3班の調査域は、自然林、天然更新林、スギ人工林という3種の植生帯に大別される。瀬切川右岸には伐採を経験していない自然林が広がり、スギ、ハイノキ、ヒサカキ、ヤマグルマなどが多く分布している。この地域は大径木が多く、林床は比較的疎であるため見通しは良くなっている。大川林道と瀬切川に挟まれた部分には自然植生と人工林が、大川林道より南側に天然更新林と人工林がそれぞれモザイク状に入り混じっている。人工林では見通しは良いが、最近まで間伐が行なわれていたため、林床に放置された間伐材のために歩き難い場所が散見される。天然更新林ではスギの幼樹やハイノキ・ヒサカキが密生して藪を形成している。本年の調査では昨年までと同様瀬切川右岸で少なくとも1つの群れが、左岸ではSS群が確認された。またOM群、YY群がそれぞれ3班域の東端と西端を利用していた。

 SS群が確認されたのは、南北には3e、3f付近から瀬切川右岸3a、b付近まで、東西には3d付近から3、4班境界東側までであった。昨年まで右岸側の利用範囲は不明であったが本年右岸での追跡に成功し、SS群が少なくとも3a、b付近まで利用し、また実際にSS群の音声が両定点で記録されることが明らかになった。SS群の東側にはOM群が、西側にはYY群がそれぞれ遊動域を構えている。一昨年までSS群は西に若干遊動域を広げ、3、4班境界西側を利用するようになっていたが、去年に続き今年も4班域での観察例はなかった。森林管理署の職員の利用する辻南小屋が遊動域内にあるためか、SS群の人間への警戒度は他群に比べると非常に低い印象を受けた。ほぼ毎日林道上でのグルーミングが観察され、個体によっては数mまで近付いて来ることもあった。林内での追跡も、10-15m程の距離を保てば十分可能であった。ただし施業地域の移行で辻南小屋の利用頻度が下がっているようで、今後もこの状態が続くかどうかは定かではない。6日間の調査中5日間でカウントが行われ、構成の全容が明らかにされた。SS群の構成個体(表1)のうち、オトナメスは7頭で子持ち率は28.6%(2/7)であった。昨年は2頭のアカンボウの出生が確認され、本年2頭とも生存が確認された。

 右岸でのSS群追跡と同時刻に、3f入口付近で集団が観察された。SS群の追跡中林内では最大5頭程度しか同時に観察されていないためサブグループをしていた可能性がある。また本来3f入口から300m程東までを遊動域とするOM群がこの付近まで進出した可能性もある。

 右岸の3a、3b付近では頻繁に集団の音声が聞かれている。この中にSS群の音声が含まれていることが本年明らかになったが、SS群が両定点から遠く離れた場所で観察されている時にも音声情報があることから、SS群以外の集団も両定点周辺を利用しているものと考えられる。ただし右岸の高標高域では集団の発見、追跡が難しく、識別には至っていない。今後も右岸の群れの識別を引き続き試みたいと思う。

4班



調査地には、大別して二つの植生が見られる。瀬布川右岸は江戸時代の伐採を除いて人為的攪乱を受けていないヤクスギ原生林であり、左岸から分水嶺は谷筋に伐採後のスギ植林、尾根筋に切り残された原生林が少し残る植生である。定点は右岸にabの2点、左岸にcdefの4点が設置されている。

4班では、YY群、左岸の不明群、右岸群の3群を確認した。昨年度の調査では、4c付近の林道と3班・4班境界付近の林道でYY群のカウントをおこなったが、本年度のカウントはすべて5班領域内で実施された。5c・5d付近の林道で確認されたYY群が4e・4fの南を通過して東側へ移動するため、統括者が悪女街道を利用して群れを追うことがたびたびあった。このルートは非常に役立ったものの一部歩きにくい部分があるため、来年以降の整備が望まれる。4f付近で確認された不明群については、ほぼ同時刻にYY群およびSS群が確認されていることから、それらとは別の群れであると思われる。右岸群に関しては、1〜2歳2頭を含む複数個体が4aを取り巻く形で移動する姿が確認された。

6日間の調査期間中2回 (2日)、4a・4bの北〜北東にかけて犬の鳴き声が確認されている。犬の存在がサルの遊動に影響を及ぼした可能性は十分に考えられる。

5班



調査地は全調査域の最西端にあたり、瀬切川左岸から分水嶺に位置する4区画である。植林後30-40 年程度経過した胸高直径30cmを越えるスギ林の林床、林道脇にイスノキ、ウラジロガシなどの照葉樹、ハイノキ、ヒサカキなどの落葉樹が、まだらな林床低木層を構成している。

 5班ではYY群のみが確認できた。5班の調査域内には、8月25日、27日、29日、30日、9月1日に長時間滞在するのが確認された。5班に出現していない日は、おおむね4班で出現していた。5ad定点の入り口から5c定点の間までの地点を頻繁に利用した。群れの構成は、オトナオス6頭、オトナメス5頭、コドモ6頭(うち1歳2頭)、アカンボウ2頭だった。群れの中に若いオスが非常に頻繁に観察される傾向があり、最低でも4頭の若いオスが集団の広がりの端にいたり、若いオスだけで発見された。

謝辞



 この調査を行うにあたって、屋久島森林環境保全センターには、調査を許可していただきました。環境省屋久島管理官事務所および屋久島環境文化財団には、講習会場を提供していただきました。屋久島町尾之間区の皆様には、調査員の生活をさまざまに支援していただきました。ほかにも、調査の準備段階で、多くの調査隊OB、OGの方にも御支援を頂きました。厚くお礼を申し上げます。

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図表一覧



図1 調査地域図
図2 定点分布図
図3 平均集団発見数
図4 集団観察記録
図4-0 凡例 図4-5 8/17 図4-10 8/27
図4-1 8/13 図4-6 8/18 図4-11 8/28
図4-2 8/14 図4-7 8/19 図4-12 8/29
図4-3 8/15 図4-8 8/25 図4-13 8/30
図4-4 8/16 図4-9 8/26 図4-14 9/1
図5 遊動図
図5-1 8/13 図5-6 8/18 図5-11 8/28
図5-2 8/14 図5-7 8/19 図5-12 8/29
図5-3 8/15 図5-8 8/25 図5-13 8/30
図5-4 8/16 図5-9 8/26 図5-14 9/1
図5-5 8/17 図5-10 8/27
図6 識別された群れの遊動域
図7 個体識別図
表1 性年齢構成
表2 班構成